ご近所さん

都心から電車で約一時間、新興住宅街のマンション暮らしである。隣や上下階にどんな人がいて何をしているのか、ほとんどわからない。正直なところ、あえて知りたいとも思わない。そんな典型的集合住宅居住民の私と妻が、気になって仕方のない「ご近所さん」がいる。

その夫婦は、時々、マンション裏手の原っぱに姿を見せる。夫婦、と言ったが、実際はよくわからない。二人並んでいるのを見かけたのは、二、三回くらいなのだ。大抵、どちらかだけが、ぽつりと佇んでいたり、ぶらぶら歩いていたりする。それでも二人が夫婦なのだろうと推測できる根拠が一つある。

偶然なのだが、ある時、夫と思われる方の家を発見した。それはマンションの真向かいにあり、三階にある我々の部屋と高さも同じくらいで、ベランダから彼の姿もよく見える。ちょっと失礼だと思いつつも、我々は双眼鏡で彼の挙動を観察したりもした。彼がその家に寝泊まりするのは、週に一度あるかないかである。あとは、どこで暮らしているのか見当もつかない。

そのうち今度は妻と思われる方が、その家でくつろいでいる光景に出くわした。なるほど、やっぱりそうか、と思いつつも、奇妙なのは夫の姿がない。後の継続的な観察で、二人ともその家を利用しているのだが、同時に利用することはないとわかった。週末だけ夫婦が顔を合わせるという「週末婚」の、さらに上を行っているのか?

ここまで書いて、実はその二人は人間ではなく雉なんです、と言ったら読者は怒るだろうか。家というのも、蔦がからまって立ち枯れた樹の上にある塒のことだ。それでも二人(羽)の関係は謎だし、樹の上で雉が寝るとは知らなかったし、その塒にいないときはどうしているのか、など興味はつきない。周りの人間を観察する方がよほど退屈に思える。 大方、宅地造成で里山を追われ、マンション街の裏なんかをうろつくようになったのだろう。しかし彼等はいつも毅然として小虫をついばんでいる。(1999年12月 未発表)

 

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