神話風、冥王星「降格」劇の真相

 秋の夜長、蛍族の私がベランダで煙草を吹かしていると、澄んだ星空から、ちょっと蓮っ葉な女性の声が聞こえてきた。

 ……冥王星のことは前から気に食わなかったのよね。私よりチビのくせして何十年も惑星だなんて名乗ってたのよ。しかも最近まで自分こそ太陽系の果てだと威張っていたわけ。冗談じゃないわ。
 そもそも一九三〇年に発見されたときから、惑星かどうか怪しいって言われてたじゃない。他の八つの惑星とちがって岩でもガスでもない氷の塊だし、時々、海王星より太陽に近くなる変な軌道を描いているし、だいたい大きさが地球の月以下だなんて、おかしいのよ。
 面白くないから、私、だんだん彼の化けの皮が剥がれていくようにしたの。
 まずは一九五〇年、冥王星近傍から外側に氷でできた小天体がたくさんあるんじゃないかという考えを、天文学者に吹きこんだ。それが「エッジワース・カイパーベルト(EKB)」よ。実際にそこで最初の天体(冥王星を除く)が発見されるまでには四二年の歳月を要したけど、あとはトントン拍子に見つかっていった。
 二〇〇四年にはEKBで冥王星より一回り小さい「セドナ」が発見され、一〇番目の惑星かと注目された。そして二〇〇五年にはついに私が登場。直径約三〇〇〇キロメートルと冥王星より大きいことがわかって、大騒ぎになったわけ。当然よね。
 そこで二〇〇六年、七人の天文学者と作家や歴史学者などからなる国際委員会が、新しい惑星の定義を議論して総括することになった。その結果が、同年八月にチェコのプラハで行われていた国際天文連合(IAU)総会に提出されたのよ。
 当初は新しい定義の内容に添って、私と冥王星の衛星「カロン」、そして小惑星「セレス」が惑星に加えられる見通しだった。ところが、その定義をめぐって異論が噴出。いちばん懸念されたのは、今後もEKBで私のように大きな天体が続々と発見される可能性があることだった。そうなると惑星の数は際限なく増えて、教育現場にも混乱をきたす。
 そこで新定義に修正が加えられた結果、惑星の条件は(a)太陽の周囲を回り、(b)自分の重力によってほぼ球形になるほど質量が大きく、(c)自分の軌道のまわりから他の天体をきれいになくしてしまった天体、ということになった。
 これが八月二四日のIAU総会最終日に行われた投票で採択。冥王星は(c)の条件を満たしていないということで惑星から外され、新しく設けられた「矮惑星(仮訳)」というカテゴリーに入れられることになった。ざまあみろだわ。私も同じ矮惑星にされてしまったのは、ちょっと癪だったけど。
 IAUの決定を受けて、九月七日には冥王星に「一三四三四〇」という小惑星番号が割り振られた。その六日後、それまで「二〇〇三UB三一三」と呼ばれていた私に、「エリス」という名前がつけられた。ギリシア神話に登場する、争いと不和の女神にちなんだ名前よ。なかなかふさわしいネーミングね。
 実際、IAUの決定後も、新定義に対する反対や抗議の声が続々と持ち上がった。アメリカ航空宇宙局(NASA)は一月に冥王星探査機「ニューホライズンズ」を打ち上げていたんだけど、その計画の責任者をはじめとする天文学者一二人は、約三〇〇人の署名を集めてIAUに異議申立書を送りつけた。
 彼らはIAUの会員、約一万人のうち決定に参加したのがたったの四〇〇人程度だったことを挙げ、これでは新定義が国際的に受け入れられたことにはならないと主張。また惑星の条件に新定義の(c)を適用するなら、冥王星と軌道が交差している海王星や、軌道近くに多くの小惑星がある地球、火星、木星も惑星ではなくなると言っている。そこで二〇〇七年には彼らが約一〇〇〇人の天文学者や有識者を集めて、別の定義を決めようとしているとか。どんどんやれって感じね。
 いずれにしても、かつて地球が宇宙の中心にある特別な星から、太陽をめぐる一つの惑星という地位に引きずり下ろされたころに比べれば、平和なものよ。誰も裁判にかけられたり、幽閉されたりはしていないしね。だけど今回、矮惑星にされたのが冥王星じゃなくて地球だったら、どうなったかしら。
 今後も観測技術の発展によって太陽系の姿はどんどん変わっていくし、他の恒星の周囲を回る惑星も次々と見つかっていくでしょう。その過程で地球が惑星という地位さえ失う可能性も、ないとは言えないのよ。
 ふふふ、私ってやっぱり性格悪いかしら。(2006年10月23日付「北海道新聞」夕刊)

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