老人と海

「カジキ」という魚はいる。しかし「カジキマグロ」というのはいない。
 日本最西端の島、与那国で漁業を営むSさんは、そう何度もくり返した。そんな魚は、どこを探したっていない。内地(沖縄を除く日本)の鮨屋が勝手にでっち上げたのだ、と。
 泡盛が手伝ってか、Sさんは少し語気を強めていた。要するにカジキをマグロなんかと一緒にしてくれるな、ということなんだろう。
 与那国島では、金を出してまでマグロを食べようとする人はいないらしい。カツオもそうなのだが、それらはむしろカジキの餌にする。ほとんど雑魚扱いだ。実際、Sさんの仲間であるKさんの漁に同行させてもらった時も、小一時間ほどで小型のキハダマグロを七、八尾に、カツオとシイラをそれぞれ三、四尾、たちまち釣り上げてしまった。
 売れるわけではないが、釣れてしまったものはもちろん食べる。だけど同じ獲れたての刺身を、惜しげもなくネコにも食わせる。与那国の海人【ウミンチュ】(漁師)にとって、マグロとはそんなものなのだ。
 しかしカジキは別格である。時に体長四メートルをも超える巨大な魚――それは海人にとって主要な収入源である以上に生涯の宿敵だ。『老人と海』(1990年/シグロ作品)というドキュメンタリー映画には、その意味が余すところなく描かれている。
 ヘミングウェイの小説を地でいく年老いた海人が、かつての与那国島にいた。八〇歳を越えたその老人は、サバニという細長いカヌーのような小舟を一人で操り、カジキの大物を仕留めようとしている。若い海人は強力なエンジンを積んだ数トンの船を駆り、それでもけっこう苦労してカジキを追っているが、横目でその様子を眺めつつ、老人はサバニを降りようとはしない。
 長年、連れ添っているらしいオバアは、毎朝、弁当をつくって老人を送りだし、神様に無事と豊漁を祈り、結局、手ぶらでとぼとぼと帰ってくる老人を、いたわしげに迎える。そんな日常だ。それが何カ月かくり返されて、ある日、ついに対決と勝利の日がやって来る。
 孤軍奮闘の末に念願の大物を仕留めた老人は、仲間の海人たちと祝宴を開く。酒がまわり、三線がカチャーシーを奏で始めると、寡黙だった老人は自ら立ち上がって踊り始める。その後で「踊るつもりはなかったのに、あんまり楽しかったから」と恥ずかしげにつぶやく。
 初めてこの映画を見た時、私は心底この老人がうらやましくなってしまった。これこそが真の人生だ。命をはってただ一人、広大な海に挑む――それに比べたら物書きなんて、本当にただの虚業だと。
 しかし実際に海人たちと交わってみて、彼らの違った側面に気づかされた。
 私を船に乗せてくれたKさんなどは「俺たちの仕事は博打だよ」と事もなげに言う。実際、カジキが獲れなければ、ほとんど収入がない月もある。しかし獲れない時期に大物を仕留めれば、半月で何十万も転がりこんでくる。そういう点では確かに博打で、海人という仕事の大きな魅力がそこにあるようだった。
 物書きも本が売れなければ収入のない月もあるし、逆に大ベストセラーを出せば一生、食うに困らないような金を手にすることもある。やはり博打であり、それも虚業たる所以なのだが、何だ、海人も同じじゃないか。あの老人も生真面目な感じに見えたが、案外、博打好きだったのかもしれない。
 Kさんは以前、島の役場に勤めていて最近、漁師に鞍替えした。他の島民からは「ずっと役人でいれば月給もボーナスもあって、安定した生活だったのにねえ」などと不思議がられることもある。しかし後悔している様子はない。サラリーマンから小説家になった私も全く同じだ。
 であれば老人をうらやましがっていないで、自分も一人、物語の海へと漕ぎだして行こうかと思う。日々、釣れるのはおおむね雑魚ばかりなのだが、めげずに糸を垂らし続けてみよう。楽しくてつい踊ってしまいたくなるような大物が、いつかかかる時を夢みて。(「小説現代」2008年1月号)

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