カメが大きくなる方法

 私の日常は、朝起きてカメの飼育ケースにライトをつけることから始まる。光より熱を放射することが目的のライトで、爬虫類の飼育にはよく用いられる一種のヒーターだ。飼っているのは「ヨツユビリクガメ」とか「ホルスフィールドリクガメ」と呼ばれている、水に入らない陸のカメである。
 ということで「日常の謎」というテーマを考え始めると、私の場合、カメから始めざるを得ない。そして、このコラムくらいの紙幅だったら、カメで終わってしまうだろう。倍の長さだったとしても、おそらく同じだ。それくらいカメという生き物には謎が多い。
 そもそも、ライトをつけると律儀に起きて、ねぐら(我が家の場合、植木鉢を半分に割ったもの)から出てくることが不思議だ。我々人間は仕事や用事があるとか、腹が減るとか、睡眠が足りてそれ以上眠れなくなるとかいった理由で目覚める。一方、カメにはもちろん仕事や用事などない。腹が減るといっても、食いだめすれば一カ月くらいは絶食したって平気な連中である。実際、起きてきても一日、何も食べないことがよくある。
 じゃあ寝足りたせいなのかというと、そうでもない。起きてきた後でライトに照らされながら、またぐうぐう眠ってしまうこともあるし、すぐにねぐらへ戻ってしまうこともある。特に冬は本来、冬眠している時期だから、眠いことは眠いのかもしれないが、だったら毎朝、判を押したように出てこなくてもいいはずだ。
 それ以上によくわからないのが、餌の好みである。現在、主食として与えている市販のカメフードは、赤や黄、緑、紫に着色された丸薬のようなものだ。色は異なっていても、大きさや成分(すなわち味)、臭いといった他の条件は全く同じである。少なくとも容器のラベルには、そう書かれている。ところが我が家のカメは色でえり好みをし、しかも時間とともにその好みが変わっていくのだ。
 ある日は黄色い粒ばかり食べていたかと思うと、数日後には緑ばかり食べる。また別の日には赤と黄色を食べる、といった具合――。しかし紫は決して食べようとしない。だから無駄になる。どうしてカメが食べない色を使うのかとメーカーに文句を言いたくなるが、他のカメは食べますよと返されたら終わりだ。
 ネットなどでちょっと調べてみると「カメは紫色が見えないから食べない」というような記述を、ちらほら見かけた。初めは「なるほど」と膝を叩き、これで餌メーカーに文句を言う根拠ができたと思ったのだが、すぐに首を傾げざるをえなくなった。我が家のカメは、ある種の園芸植物の花が好物でよく食べる。その花には白からピンク、薄紫、そして紫までのバリエーションがある。それらを混ぜて出してやると、最もよく食べるのは紫色の花なのだ。
 さらに最も基本的なところで、よくわからないことがある。
 そもそもカメというのは、どうやって成長するのか。ペットショップで買ったときは掌にすっぽり収まるくらいだったのに、今は手足が完全にはみ出すから、大きくなっているのは確かだ。生まれたばかりのころは、きっと五〇〇円玉くらいだっただろう。それがいずれカップの受け皿くらいにはなる。どうして、そんなことが可能なのか。
 だって、あの硬い甲羅ですよ。しかも底のあるドーム状で、体をすっぽり包みこんでいる。大きくなりようがないと思いませんか?
 同じく甲羅をもつカニだったら、ご存知のように脱皮をして大きくなる。古くて硬い甲羅を脱ぎ捨てたばかりのカニは、紙のように柔らかい。それがまた硬くなるまでの短い間にブワッと全体が膨張して、脱皮前より大きくなるのだ。カメも脱皮はするのだが、それは皮膚の表面がぼろぼろ剥がれていくようなもので、成長というよりは新陳代謝に伴うものらしい。実際、表面が剥がれたあとの甲羅を触ってみても、別に柔らかくはない。
 じゃあ例えば古い甲羅の上に新しい甲羅がどんどん付け加わって、大きくなっていくのだとしよう。その場合は甲羅の裏側(古いほう)が、逆に一定の割合で削れていかなければならない。そうしないと甲羅が厚くなっていくばかりで、内臓や筋肉などの中身が成長できないからだ。ところが、これもあり得そうにない。なぜならカメの甲羅は表皮が硬くなっているだけではなく、背骨や肋骨と一体化しているからだ。骨なんだから成長はしても、減っていくことはありそうにない。
 全く、このことを考え始めると、夜も眠れなくなってしまう。
 カメが決して後ずさりしないというのも、解せない話だ。少なくとも我が家のカメは直進か左右への方向転換だけで、後ろに下がろうとはしない。のんびりしているようだが常に前進あるのみ、徹底してポジティブな生き方を貫いているのだ(Uターンはするけど)。
 しかし不便である。たとえば「コ」の字形をしている狭い場所にはまりこんでしまうと、なかなか抜けだせない。前進か方向転換だけだから、前と左右の壁面を登らんばかりにもがくのが常だ。そうしているうちに体がだんだん回転していって最終的には出られるのだが、非常に無駄なエネルギーを費やしている。両肩を押してやれば後ずさることもあるから、構造的に不可能ではなさそうだ。後退という発想が欠落しているとしか思えない。
 カメの大脳は体重一一四キログラムのアオウミガメでも、わずか八・六グラムしかないという。すると我が家のカメの場合は体重が二一〇グラムだから、その大脳は単純計算で〇・〇二グラムにも満たないことになる! そんなカメのことを、平均一三五〇グラムもの脳を持つ人間が、まだよく理解できていない。けだし、これこそが最大の謎ではないだろうか。(「メフィスト」2008年5月号)

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